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奥泉光「神器」

これは…すごい大作だった。
今年の収穫かもしれない。
あらすじが説明しづらいんだけど…。
太平洋戦争末期、戦艦「橿原」に乗り組んだ石見は、艦内におかしな事件が続発していることを知る。
とある倉庫で自殺者が頻発しているというのだ。
さらに、おかしな男から「船底の外側についている取っ手に、潜水服を着た天皇陛下が掴まっているのを見た」という話を聞かされ、余計に混乱する。
石見の不安をよそに出発した橿原だったが、目的も目的地も明らかにされず、しまいには「倉庫には神器があって、それを運ぶのが使命なのだ」という噂が流れるのだが…。
副題に「殺人事件」とつくのだが、殺人事件は確かに起きても、それが主眼の話ではない。
雰囲気としては「グランド・ミステリー」に近いかも。
あと「鳥類学者のファンタジア」とも登場人物が多少リンクしているみたいだった。
この作者は、よく「ミステリと思わせておいて実はSF」みたいな話を書くのだが、今回もまたそのパターン。
だが明らかに違うのは、今回「日本人とは何か」というのが前面に押し出されているところ。
戦時中に「皇国日本のため」「天皇の赤子として」無残な死に方をしていった兵士たちは、敗戦を迎えてもなおのうのうと生き残っている日本人に対して何を思うのか。
「戦没者たちの分まで生きて、平和な国を作り上げよう」という、正論ぽくはあるが戦没者の無念を完全に「ないこと」にしてしまっている現実に、一石を投じている。
とはいえ、石見のキャラクターがなかなか出色なので、そんなに小難しいことにはならずに、ユーモアも交えつつ描いているところがすごい。
あからさまにではないけど靖国批判もしていて、「ここに来れるのは勝った軍人だけだ」と亡くなった兵士の一人に語らせている。
それで思い出したんだけど、ちょっと前に友人が「靖国神社に行ってきた」というので「なんで?」と驚いたら、当然のように「おじいちゃんが戦争で亡くなっているから」と答えたので、絶句したことがある。
戦争で亡くなった…ということにはなっていても、実際には赤痢や飢えとかで亡くなっていたかもしれない兵士たちが、全員「英霊」となって靖国神社にいるなんて、私にはとてもじゃないが考えられない。
「靖国にお参りする」=「戦没者の死を悼む」ことにはならないんじゃないだろうか。
そういう個人的な思いを、この作品は代弁してくれたような気がする。

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