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井上章一「京都ぎらい」

ん~思っていたのとちょっと違った。
京都生まれだが、洛外に生まれたために「京都生まれ」と素直に言えない著者が、ほかの地域の人間にはわからない、微妙な京都を赤裸々に綴る。

というような話かなと思っていたんだが、そういうのは最初の部分のみで、あとはふつうに京都の歴史とか風俗とかの話だった。
もっと京都のイヤなところを羅列してほしかったわ。

でもさ、この地元民にしかわからないヒエラルキーってあるよな。
東京だって、中央区とか新宿区とかはすごいけど、足立区っていったらかなり微妙だから。
よく足立区は下町って言われるけど、厳密には下町ですらないからな。
川を越えたら江戸じゃない…。

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栗原康「村に火をつけ、白痴になれ」

意外な発見だが、「白痴」って一発変換できないようになっているんだな。
やっぱり差別語だからか…。

この本は、関東大震災後に大杉栄とともに殺された伊藤野枝の伝記。
なんというか、文体が軽い。軽すぎる!
そこが伊藤野枝の自由さ加減とあいまって面白いんだが。

それにしても、この時代にあって伊藤野枝の生き様はすさまじい。
とにかく自分の欲求のままに生きている。
好きじゃない相手と結婚したら逃げ出すし、好きになったら相手に恋人がいようが奪い取るし。
だが、伊藤野枝のいいところは、自分だけではなく他人の欲求も認めるというところ。
要するに、みんながみんな自由にやって、自由になることをゆるしあえば、だれも苦しんだりすることはない、ということ。
まあ最低限の秩序は必要だと思うが、言っていることは決して間違っていない。
でも結局、それが危険思想として目をつけられて、甘粕に虐殺さrてしまう。

私はずっと誤解していたんだけど、大杉栄と伊藤野枝は拷問を受けて殺されたのだと思ってた。
でも、甘粕の証言によると、不意をついて甘粕に首を絞められて死んだらしい。
あー生々しすぎる…。
というか、悪人は甘粕の方じゃんね。どう見ても。
でも本人は正義のためと思っているんだろうなあ。
これが「正義」の恐ろしいところだよ。

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古市憲寿「古市くん、社会学を学び直しなさい!」

古市憲寿が、先輩の社会学者たちに、「社会学とは何か」を問いかける対談集。
正直、古市憲寿のことはあんまり好きじゃなかったんだが、相手の社会学者たちが、古市に「もっと高みを目指せ」「考えが古い」とさんざんハッパをかけるのが小気味よかった。
彼自身は学者になりたいという感じではなく、自分の興味のある分野を研究したいだけみたいだが…。
上野千鶴子が、「アメリカで研究しないとダメ」と一刀両断していた。
確かになー。
日本の中で社会学がどうたらいっても、所詮日本のことなんだよね。
「ヘンな論文」にもあったが、そういうニッチな研究が面白いところもあるけど、社会学の最終的な目標というのは、自分の研究を社会に還元していくというところなんだろうから。

この本を高校時代に読んでいたら、社会学部に入っていたかもな。

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